啓蒙の弁証法(1) プロローグ
修士論文のタスクもあらかた終わったので、ちょっと自分の幅を広げるためにSFCの所属ゼミの先輩が主催する社会学の名著文献読書会に参加することとした。
私のプロファイルをご存じない方も、このブログの過去エントリをご覧になるとお分かりになると思いますが、こちらの分野は初心者なので、超低いレベルのエントリが並ぶかもしれませんが暖かく見守る、もしくはさりげなくスルーしてください。
最初の課題文献がこれ
- 作者: ホルクハイマー,アドルノ,Max Horkheimer,Theodor W. Adorno,徳永恂
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2007/01/16
- メディア: 文庫
- 購入: 4人 クリック: 89回
- この商品を含むブログ (79件) を見る
ま、あこがれの(30超えて憧れって言っている時点で、人間のほどが伺えますな、、、苦笑)岩波文庫、っていうのはさておき、タイトルから想像がつくようにかなりハードな文献。
で、かなりゆっくりじっくり読み込む必要があると思われる。
このブログは匿名なので、理解しているプロセスをちゃんと開示するということで、メモ代わりに作業プロセスを垂れ流そうと思います。ま、匿名ブログだし、、、、(でも読者の大半は著者のことを良く知っているという罠)
で、ようやく初回ミーティングの課題範囲:
- 啓蒙の概念
- [補論I]オデュッセウスあるいは神話と啓蒙
- [補論II]ジュリエットあるいは啓蒙と道徳
まで一読しての感想を。(もちろんこのあと引き続き“精読”するわけですが)
「啓蒙をテーマとしているのに、ふと気づくと“啓蒙”から話が離れて、離れっぱなしでぜんぜん啓蒙についてはわからないことになってないかい?」
特に補論?なんて、話の中身は家父長制に移ってそこから帰ってこない。あれ啓蒙の反対概念の一例として家父長制を取り上げる、なんていう誘導の文章なんてあったっけ???
というわけで、これから読み込んで、こうした疑問を少しでも解決したいな、と。